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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

アートとデザイン

「岡倉天心 「茶の本」 をよむ」からの文を慈しむ。

仕事自体に軽重があるのではなく、自分がいかに関わるかによってその行為が決まってくるという考え方こそ、欧米人に一番伝えたかったことなのかと思います。

「岡倉天心「茶の本」をよむ」 p241

文と書籍の解説。

これは人が仕事をしていく上で、いずれは思い知らされる真実かもしれません。
仕事の価値――苦役と捉えるのか、修行と捉えるのか――はあくまで己で決める。そんな自律した心の在り方。

元々この考え方は、私たち日本人には馴染み深い禅および道教から。
また 「茶の本」 によれば、禅の修行では、一番修行を積み尊敬に値する先輩格が最も退屈な雑務を行うと言います。それは何故か。
この部分に対して、本書の著者・田中仙堂氏の解説が続きます。欧米人ならそういった雑務はそれをやるべき人 (召使い等) がやればいいと考えるのが普通。うん、合理的。しかしその一番の理由は、退屈で面白くない仕事にも意義があり、それを見出すことが己の精神を高めていくからだと。雑務を行う先輩格はその精神を修行の末に携えている。細事こそ偉大なり。そうして今回の文に至ります。
仕事には軽重も貴賤もありません。体裁の良し悪しで判断されるものでもありません。そこに呑まれずに己で価値を見出そうとする精神は、身を引き締め、大切にしたいと感じさせます。
そしてこれを伝えてくれた岡倉天心という人物を少し調べてみましょう。

知っておくべき明治期日本人の三大英文著作。

「茶の本」 は明治時代に活躍した美術運動の指導者、岡倉天心によって英語で書かれ、1906年にアメリカで出版されました。オリジナルのタイトルは 「The Book of Tea」。
この当時、日清・日露戦争に勝利を収めた日本は世界の列強に名を連ね、その存在を世界が認識し始めた頃でした。しかし一方では不平等条約の足枷に始まり、いまだ誤解や偏見も多く、それならばと日本の真の姿を西欧諸国に啓蒙すべくこの本が書かれました。決して日本は野蛮でも未開でもない、あなたたちと同じでこんなに良いものがある――そんな心意気で。

ちなみに同時代の日本人による英語の著作は他にもあり、
岡倉天心 「茶の本」
新渡戸稲造 「武士道」
内村鑑三 「代表的日本人」
が三大著作と呼ばれています。加えて天心自身においても、この 「茶の本」 と 「日本の覚醒」 「東洋の理想」 とを合わせて三部作とされています。原文は全て英語です。
どの書籍も、日本人から見ると対外的に書かれたことでの距離感を若干感じさせますが、何としてでも日本を伝えようとするすさまじい情熱や、時に喧嘩腰にすら思える尖った表現も見られ、パワーそのものだと表現したいです。
先に触れた時代背景を鑑みれば、そう頑張り過ぎてしまう側面もやむを得ず、何よりも明治という国家の黎明期に、英語で広めてくれた先人の偉業に敬意を抱かずにはいられません。語学の堪能さも含め、この時代ならではの筋金入りのエリートの教養の高さは見習わなければなりません。憧れすら芽生えます。

逆さまに読んで下さい。

さて、本書は 「茶の本」 の解説書。
今回の文はその原文第三章 「道教と禅 (Taoism and Zennism)」 の宗教観の考察より。繰り返しになりますが、禅の偉大さは日常生活の細事の重要性を確立したこと。これこそが茶道の真髄とも言えますが、それだけにとどまらず、社会の営みにおいても、上に立つ者が率先して雑事を行うことは、自己犠牲の精神でもあり、人心掌握や信頼関係にも繋がっていくのではないでしょうか。

天心は芸術家肌。概して表現が感性豊か。時に形而上的でもあります。その言わんとすることをこうして噛み砕いていく本書には、ある不思議な特徴があるのです。それは、第一章から第七章まである 「茶の本」 を逆から解説。つまり第七章から解説を始めています。
その真意は、結論を先に知っていた方がわかりやすいということらしいのですが、私見ではあまり有益性を感じられずにいます。ただ解説そのものは決して無駄にはならず、教養にあふれているとお伝えさせて下さい。

おわりに。

「茶の本」 は是非ともオススメ。
今回は解説書からの引用でしたが、原文 (英文・翻訳文) を読んでみると、天心が欧米人に対し伝えているはずが、100年以上の時を越え、現代の私たち日本人にも多くを伝える結果に気付かされていきます。忘れてしまった思想も、知らない真実もまだまだたくさん。だからこそ受け継いでいく使命を感じさせます。また、自らの仕事への価値付けは職業的良心として誇りにしていきたいと思わせますね。
こうして東洋も西洋も今も昔も学び合っていく。これが天心の思い描いた究極の理想だったのではないでしょうか。

岡倉天心「茶の本」をよむ (講談社学術文庫)

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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。