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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

アートとデザイン

「クリエイティブ・マインドセット」からの文を慈しむ。(1)

20世紀のほとんどの期間、デザイナー、アート・ディレクター、コピー・ライターといったいわゆる “クリエイティブ系” の人々は、真剣な議論とは縁のない “お子様用” のテーブルに追いやられていた。一方、ビジネス関連の重要な議論は、廊下の先の奥にある役員室や会議室に集まった “大人” たちのあいだで行われていた。
しかし、10年前なら非現実的だとかお遊びにすぎないとみなされていた創造的活動が、今では立派な主流になっている。

「クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」 p18

文と書籍の解説。

この文を読んでみて、あなたにとって創造というものは如何なるものですか?
やはりただのお遊びに過ぎませんか?

この一文は本書にとってとても大切な礎の一つです。
本書の共著者であるトム・ケリー氏とデイヴィッド・ケリー氏――2人は仲の良い兄弟で、イノベーションとデザインのコンサルティング会社IDEOの共同経営者――はデザインたるものを生業としています。その実体験により、肌で感じてきたからこその切なる叫びにも感じさせます。
一方で、前後の文脈も含め書籍全体に目を向けると、そこには憎悪や悲壮感が微塵も無く、創造への想いや経験が陽気にサラッと書かれています。やれるだけやってきた人特有の達観と、そこから生じる 「そんなこともあったな」 といった懐かしさなのでしょうか。

さて、私自身も創る側の人間でもあるので、経験上この一文には激しく同意です。
「クリエイティブ」 なこと、もしくは創造するという行為は遊びでもなければ、象牙の塔の中にあるような非日常的で社会と隔たった活動でもありません。むしろ本来は誰にとってもどんな時も、無意識下で当然のように行われていることでもあるのです。したがって本書を読んで強く教えられるのは、創造は生きる術として必要であり、人や生活そのものだということ。だからもし粗末にするならば、それらを粗末にすることに等しい。
そうなると、本書はクリエイターは勿論のこと、願わくば職種も分野も越えたどんな方でも読んで良いのではないでしょうか。「クリエイティブ」 というキーワードに惑わされずに。そこが伝わるように本書の解説をしていきます。

そしてもう一つ、本書で得られる大切なこと。

序章のタイトルには、「人間はみんなクリエイティブだ」 との表現があります。
加えて先程、クリエイションは非日常的なことではない、当然のように行われている、と書きました。
そこでちょっと世の中を見渡してみて下さい。
誰でも何らかの形で、アイデアを出すことが常に求められる事実がありませんか?
もしかすると私たちを取り巻く資本主義自体がそれで成り立っている。本書の言葉を借りれば、ディナーパーティーの催し方から会議の運営方法まで・・・そうしてアイデアも思考も求められる常。うんうん、同意です。やはり特別なんかではなさそうだ。
ではこれらの本質は何か。何故そういうことになるのか。

まず本書の冒頭を読んで強く悟らされたその答えは、人間の純粋な願いの存在。
何事にも疑問を感じ、常に改善することで、私たちの生活をより良くしようとする願い。これは半ば本能にも似て至ってシンプルな構図であり、どう転んでも古今東西変わること無いでしょう。クリエイションとはそのための方法論であるが故に、何も特別なことではないとわかります。

そうは言っても、自分には何かを創造したり生み出したりする自信もセンスも無いよ・・・。そう思う方もいるかもしれません。そんな方はもう少しだけ読み進めてみて下さい。その時にこそ本書を通じてもう一つ得られること――。
本書は元々洋書なので、その原題を調べてみましょうか。そこには意外性があったのです。

原題は “Creative Confidence: Unleashing The Creative Potential Within Us All” 。つまり 「創造力に対する自信 誰もが内に秘める潜在的な創造力を解き放つ」。邦題 「クリエイティブ・マインドセット」 では体裁は良いものの、少し曖昧な感が否めません。原題の意味するところはさしずめ、創造の自信のためのお手伝いといったところでしょうか。

これまでの冒頭では、クリエイションは身近なものだとの定義付けでしたね。そこで必要なのは自信という答えを出して、その自信を得るための方法へと話が進んでいきます。これこそが前半の重要なポイント。軽快で楽しい文章の連続。さてさて理解を深めていきましょう。

新しい冒険へのパスポート。

自信は最大の武器。

そんな言葉を聞いたことがあると思います。しかしながら自信を付けるにあたり、最大のハードルとなるのは何だと思いますか?

それは、失敗に対する恐怖。
まして創造には失敗が付き物というのは歴史を紐解いても明らかです。
本書前半でも失敗エピソードには事欠きません。著者の身近な経験談・・・多くの泣き言や、繊細で健気な試行錯誤のストーリーを始め、ライト兄弟等の偉人伝も満載。
特に印象に残った失敗エピソードは、著者の友人にまつわるもの。その友人の書いた著書のジャグリング入門で展開される一コマです。失敗との付き合い方も教えてくれる、ちょっとした逆転の発想。人生においても使えそうなテクニックです。

そうして読んでいくと、これでもかっ! と励ましがあり、まるで失敗は素敵なこと、成長そのものであると刷り込まれるようです。失敗を恐れるな、という論理自体に驚きは無いかもしれませんが、本書では不思議と著者の深い優しさを感じさせます。これは実際に読んで是非感じてもらいたい!
恐怖心の克服の書として抜群に優秀なことから、新しい冒険へのパスポートになりそうです。ワクワク。私はバイブルとして末永く読んでいきたいと思っています。

ところで、著者がTEDにてプレゼンテーションをしている動画があるのです。そのお人柄も垣間見れて、本書にも著者にもより親近感が増すものと思われます。

また、類似のオススメ書籍があります。
デザイン思考が世界を変える: イノベーションを導く新しい考え方

こちらの書籍の著者のティム・ブラウン氏はIDEOのCEOをデイヴィッド・ケリー氏から引き継いだ人物。二人は友人同士でもあります。また両氏が関係するIDEOという組織は、殊にクリエイティブ関連書籍では頻出する名前です。安易に考えてしまいがちなクリエイションの世界に、鋭さと深さを提供してくれるので個人的には感謝しています。

おわりに。

人間はみんなクリエイティブだ。
序章でそう叫ぶ本書からは、創造に情熱を燃やし続ける著者の心からの愛を感じます。一方で所々に今回の文と類似した、創造が軽く見られている現実を嘆く箇所もありますね。特に教育にさえも一言物申す様が今でも脳裏に焼き付いています。創造は特別ではないのに、そんな教育のせいで結果としてクリエイティブな人間をやめてしまう人が多いことも悲しんでいます。
そうであるからこそ、クリエイティブなことへの誇りと自信をささやかながらでも持つべきだとの想いに駆られるのは私だけではないかもしれません。

どうしてもクリエイティブ云々とのタイトルのせいで、そういった業界人の本に思われてしまいそうなのが勿体無い気にさせます。実は決してそうではなく、人類にとって非常に普遍性のある書籍なのです。
本書のプロセスで考え、創造性に対する理解と自信を持つ人が増えたら、世の中も今よりは多少物心ともに豊かになるのかな、と妄想や夢物語ではなくして思います。

【本書の関連記事】「クリエイティブ・マインドセット」からの文を慈しむ。(2)

著:デイヴィッド ケリー, 著:トム ケリー, 翻訳:千葉 敏生
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。