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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

思想と哲学

「幸福論 アラン」からの文を慈しむ。(2)

不幸になることや不機嫌になることはむずかしくない。楽しませてもらうのを待っている王族のように、ただ座っていればよい。幸福を待っていて品物のように値踏みする人には、すべてのものが退屈に見えてしまう。こういう人は、差し出されたものに片端からけちをつけるだけの権力を持っていて、威厳だけはたっぷりある。だがそこに焦りや怒りも潜んでいるのを、私は見逃さない。子供が花壇を作るように、ほんの少しのものから幸福を作り出す術を知っている人々への焦りと怒りである。こういう人たちから、私は逃げ出そう。自分から退屈している人を楽しませることはできないと、経験からよく知っているからだ。

「幸福論」 No.92 p582

文と書籍の解説。

うおっ。「私は逃げ出そう」 とはかなり強烈な表現ですね。
著者アランのこの考えには概ね同意で、確かに私も逃げ出したくなる。もっと言ってしまえば嫌悪感も否めません。あなたにとっては如何ですか?
人間の核心を突いた文の一つにも思え、洞察力がまた一段と育まれそうにも感じさせます。こういう視点を知っておくと人間がよくわかるし、より自分の中の幸福に近付けそうな気さえします。さすが名著 「幸福論」。

さて、こんな人。ちょっと性質 (タチ) が悪い。
ひと言で言えば、自らはリスクを犯さないのに、どこか高い所から他人を見ていて裁きを与える人と解釈出来そうです。値踏みや批判は日常茶飯事。社会的立場上そうしなければならない瞬間 (例えば教師や審査員等) があるのは、さすがにやむを得ないのですが、そうではなく常日頃から無意識のうちに、何のためらいも無く染み付いている性根の人からは、アランが忠告するように、やはり 「逃げ出そう」。
私もあまり意地悪な言い方をしたくはありませんが、逆にこう書いている自身に対し、絶対にそうであってはならないと強く強く戒めています。
他力本願を拒み、謙虚さを忘れることの無きよう。そんなアランに共感して、好感が持たずにはいられません。もう少しアランの世界をのぞいてみましょう。

サイコパスやフレネミーと騒がれる遥か昔に。

この名著が生まれた背景は (1) で説明したので割愛しますが、アランの 「幸福論」 には今回の文のように対人関係の心理学的描写も見られます。言うまでも無く、サラサラッと書いたエッセイなので、彼に心理学なんて大それたものを書いている自覚は無かったとは思いますが、そう捉えても遜色無いのですね。
耳にしたことがあるかもしれませんが、現代にはサイコパスやフレネミーといった言葉が存在するようになって久しいです。随分とそういった分野の研究も進み、おびただしい数の文献が著されてきました。例えば今回のアランの言葉に通じそうなものにこのようなものがあります。
「他人を支配したがる人たち: 身近にいる「マニピュレーター」の脅威」
「良心をもたない人たち」

この辺りの書籍も面白いです。
こういった研究が進む遥か以前の時代に、ほんの少しでもその概念に触れていた著者と書籍には敬意が芽生えます。そんなわけで、もしあなたに心理学系の書籍への興味がありましたら、この 「幸福論」 もオススメしたいのです。
そんなこんなを踏まえて、今回の文からさらに噛み砕けること。
こういう人の心理は? 何故、そうなるのか?

案外自分に自信が無かったり、劣等感の塊だったり。それをプライドという言葉でごまかしてる。
そんな事実が各心理学の分野で言われています。加えて、今の自分に満足出来ない。その代わりに努力することもしたくない。でも他人と比較してしまう――。
そこでやり場の無い焦りや怒りが起こると読めてもきます。
辛辣な表現が続き、気分を悪くされた方がいましたらお詫びします。ただ、「不幸になることはむずかしくない」 とはよく言ったもので、こういった人物こそ自分で自分のことを不幸にして、他人をも不幸にしてしまう。自らの毒に自らが毒されて自滅してしまうわけです。
不幸になるのは、実はとても簡単だったのですね。だからわざわざなる必要は無いと本書から教えられていきます。だから 「幸福論」。

幸福はあなたのためではない。

幸福とは?
本書・本文から読み取れるのは、他力本願やリスクを避けていては幸せになれない、と。加えて、心から望まない限りなれない、と。その考えで一貫しています。人の幸福というのは様々な形があるかとは思いますが、物理的なことはともかくとして、どういう形を求めていようが、最低限の条件として、この課題が私たち人間には突き付けられている気がしています。
精神論や気の持ちようという、いわばつかみどころの無いものにも思えますが、その通りだと思わされます。科学で解決出来るものでもありません。打ち克つことが幸福へのチケットなのだと。

だから不幸になるのは実は難しくなくて、幸福になることには鍛錬が待ち構えているという点で難しいことなのです。
ちなみにこの文の後では、幸福はあなたが望むものと出て来ます。さらには他者に対する義務だとも。そう結びます。この考えはとても感銘を受けます。

おわりに。

他者のためにも幸せになるという考え方。これはとても新鮮に感じ、思い上がりや利己的でないぶん、モチベーションも上がります。そうか、幸せを求めて良いのだと。人を幸せにすることよりも、人のために自分が幸せになっていく。自らが不幸だと、やはり他人にも不幸にしてしまう。このスパイラルは理解出来ますし、何より深さを感じます。
私はというと、年々こんな人物が増えていると言いたいところですが、実はそうではなく、経験を重ねたことで、幸か不幸か年齢と共に人がより見えるようになり、結果的に増えたように錯覚しています。深く見てみると、そういった人物は同じように他の人からも逃げられている気もしています。
そしてまた今回の文を言い換えれば、自ら幸せを作り出せない人からは私は逃げ出そう。幸せになろうとするのが心の強さ。他人を幸せにするのが本当の幸せ。アランからそう教わったような気がします。じっくり考え続けたい概念です。

著:アラン, 翻訳:村井 章子
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今回登場したその他の参考書籍

著:ジョージ・サイモン, 翻訳:秋山 勝
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著:マーサ スタウト, 原名:Staut,Martha, 翻訳:博江, 木村
¥836 (2023/05/01 23:16時点 | Amazon調べ)

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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。