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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

ビジネス

「HARD THINGS (ハード・シングス)」からの文を慈しむ。

私の祖父の墓石には、「人生は苦闘だ」 というマルクスの言葉が引用してある。私はこの言葉こそ起業家にとって、もっとも役立つ教えだと思う。
苦闘を愛せ。
今、私は日々起業家と接しているが、一番伝えたいのはこの教えだ。自分の独特の性格を愛せ。生い立ちを愛せ。直感を愛せ。成功の鍵はそこにしかない。

「HARD THINGS」 p377

文と書籍の解説。

今、目の前の物事に、愛、持てていますか?

照れ隠しなのでしょうか。どうしても愛という言葉には、どこか青臭さや首のあたりのムズがゆさがひょっこりと顔を出したりもします。しかしマルクスの言う、人生が苦闘――思い通りにいかず、争いは避けられないことが前提――だからこそ、成功に至るには大きな愛が全てを凌駕し、そして解決するのだと教えられます。
今回の文では後半部にて自己への愛が叫ばれていますが、これは決してナルシシズムめいたことではありません。そんなヤワなことではなく、逆に荒野を歩み続けられるだけの心の強さを言っていると解釈すべきではないでしょうか。
何故ならば、何に対しても好きでいられる気持ちと、難局を乗り越えられるメンタリティは正比例の関係だからです。
好きになるとは、ひとえに肯定すること。誇りに思えること。私事で誠に恐縮ですが、好きなことを仕事にしている経験からもそう学ばされるのです。時に辛いことがあっても、その肯定感の中で生まれた心の余裕や豊かさが己を強くし、全てを呑み込む感覚を覚えます (恋愛は別かもしれませんが、その話は別の所でお話ししましょうか)。
そこでもう一度聞かせて下さい。
愛、持てていますか?

ううっ、気持ち悪くなる?

本書はビジネス書に分類されます。起業家という単語が出て来ることから、そういった方たちに向けられたものです。著者のベン・ホロウィッツ氏自身がアメリカのとあるベンチャー企業のCEO。彼自身が私小説のように語る壮絶な実体験は、もしかしたら感情移入からあなたが苦しめられることも (本書の最初の一文でも友人が代表してそう表現しています)。
自らの起業に始まり、その上での様々なトラブル、葛藤が具体的に描写されていきます。CEOたるものは如何にして生きていくのか――。言ってみればそんなCEO論です。
強烈な教訓を授かっていく構成とは裏腹に、その語り口からは淡々と達観した雰囲気を醸し出しているのが特徴ですね。乗り越えた人のオーラなのでしょうか、とてもクールです。是非ともそこから知恵と勇気を拝借したくなります。

個人的に印象に残った箇所は、著者が取引相手から敬意の欠片も無い言葉を浴びせられるシーンや、雇用の際に相手から見抜くべき “正しい野心” の章です。読者によってはフラッシュバックしたり、気持ち悪くなること請け合い。
そんな盛りだくさんな内容の本書ですが、冒頭では会社の売却や株式の話が続き、いかにもCEOなのですが、やや手に取りづらい遠い世界の話に感じさせられます。私は読み流してしまいました。それさえ過ぎれば、いよいよ会社運営の話へ。テンションもアップしそうです。

この一文は、タイトルの答えだった。

元々は洋書である本書。原題は 「THE HARD THING ABOUT HARD THINGS -Building a Business When There Are No Easy Answers-」。日本語では、「(数々の) つらいことにおけるまさにつらいこと。簡単な答えなど無い時のビジネス構築」 といったところです。
話はやや逸れますが、いやはや、この原題の方が本書の内容が表す辛さがまざまざと伝わってくると感じるのは気のせいでしょうか。安易に他国の言語で済ませることの体裁は良いのでしょうが、こと理解にあたっては語学力が相当に高いレベルではない限り、本能的に弱く感じてしまうのは否定出来ません。言語の難しさです。
洋書の日本語訳を読む際、わかる言語であるならば、より強く内容を把握するために原題の確認は大切だと言わせて下さい。あなたがせっかく手にした大事な本ですから。

話は戻り、本書の原題を日本語で知った瞬間、今回の文はより強い意味を成します。原題に対する答えだと言っても過言ではありません。その証拠にこの文は本書の一番最後に登場するので、総まとめとも形容出来る一文なのです。

起業家として自らの力でやっていくには決して綺麗事だけで歩んでいくことは出来ません。自由と引き換えに全てを背負います。文句も愚痴も言えません。
嫌なことがあっても、選んだことに対する愛。
嫌な人に遭っても、選んだことに対する愛。
恐れる気持ちも、その選んだことに対する愛が溶かしていく。
自らを肯定するには多大なエネルギーを要します。そのエネルギーの動力源は愛。
こう書き連ねて、私自身は恥ずかしくありません。何よりもこの論理に気付かされ、そして助けてくれたような気もしているからです。

おわりに。

簡単な答えが無い時にこそ必要なもの。その答えは愛でした。
ストレートなタイトルが目に留まり読んでみたのですが、読了後には清々しさと、尊い本だったなという想いが去来します。良いことばかりではないその内容が逆に好感触です。

本文中では本書をガイドブックだという形容をしていますが、その言葉では何だか勿体無い。あとがきでは類似本として、「フェイスブック 若き天才の野望」 をシンデレラストーリーと定義付ける一方で、本書を冒険物語だと表現してもいます。いずれにしても壮絶な体験をしてきた著者だからこそ説得力にあふれ、強く心に響く書籍です。
もしあなたが己の歩みを進める中で、疲れた時――本書に立ち返りエネルギーを補給してみては如何でしょうか。著者のベン・ホロウィッツ氏があなたの見方で居続けてくれます。

著:ベン ホロウィッツ, 翻訳:滑川 海彦, 翻訳:高橋 信夫, その他:小澤 隆生(序文)
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。