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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

アートとデザイン

「アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法」からの文を慈しむ。

今はあらゆる情報伝達に 「わかりやすさ」 が求められる時代となりました。メディアの世界でも、まず 「わかりやすさ」 が重視される傾向にあります。その結果、生まれるのは情報の受け手の思考停止でしかありません。
私たちは 「わからないもの」 に接することで思考が、促されるのではないでしょうか。
「アート思考」 の本質とは、この 「わからないもの」 に対して、自分なりに粘り強く考え続ける態度のことを指しているのです。

「アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法」 p81

文と書籍の解説。

わかりやすいという特徴は、果たしてどんな場合においても絶対善なのか――。
本書はアートを通して、その役割の新たな視点と、ビジネスでの身に付けておきたい思考回路を提供してくれます。そんな中から今回の代表的な文。

確かに私たち人間は、わからないことや理解に時間を要してしまうものへの忌避感を持ってしまいがち。どうも面倒臭い、と。
私事ではありますが、このように文章を書き、そして伝えるという一連の行為をしていると、いつの間にか 「わかりやすさ」 というキーワードが脳裏に常時チラつき、半ば崇拝の如く絶対視する自分に気付きます。勿論、誰にとってもわかりやすくする作業は自らの思考の鍛錬にもなり、加えて相手を慮る気遣いの延長でもあるので決して悪いことだとは思いません。しかし、著者の秋元雄史氏が言うように、その作業は、別の角度では時に相手側への過保護はおろか、思考停止という事態を招く恐れにも繋がります。
そう考えていくと、とある過保護な本のジャンルが気になり始めました。こんなジャンルはご存知ですか?

超メンドクサイ本たちと過保護な本たち。

古典や哲学はわかりにくいものの代名詞。アートに負けず劣らずこれらもわからない。とは言え、とりあえず脳には良さそうな。でも面倒臭い。
私としても純粋な好奇心から頻繁に手に取りますが、わからないのは承知の上。そこでまず最初にこんなジャンルに手を伸ばします。それは 「超訳」。
この言葉はどうやら最近出来たものらしく、よくよく考えてみれば不思議な造語。そのココロは、か・な・り噛み砕かれた訳。昨今では有り難いことに、そんな本が書店の棚をにぎわせています。
ところでこれが非常に助かる・・・。いやいや、そうじゃなくて、実はたまに訳され 「過ぎている」。念のため原文と照合すると (照合出来るならまだ良いのですが)、相当にアレンジされ、ニュアンスも雰囲気も掛け離れてしまった表現も見受けられます。わかりやすくて、かつ人として悪いことは書いていないにせよ、それが真意や本物だとの錯覚は危険・・・。

果たして真の理解とは一体何だと考え耽った時、元来それは手間が掛かり面倒なものに他ならないと悟らされます。たとえば、幕末・維新の翻訳作業なんぞ知れば泣けてくる。思考もフル回転。
先達は何も無い状態から理解に至りました。それをそっくりそのまま真似る必要は無くとも、原文や労苦には触れていたいと思わされるのです。超訳本の存在は大歓迎ですが、一方でわかりやすさに逃げたくないと言いますか、それこそが真の理解だとのストイックな欲望。
そして、わかりやすいものは脳内を通り過ぎるのも早い現実もあり、苦労して身に付けたものには適わなかったりします。

だからアートの役割は。

本書に話を戻せば、アートは人を思考停止に陥らせない素敵なワナと言えそうです。著者は今回の文をアート思考の本質とし、そのわかりにくいものを粘り強く考えるトレーニングが、生きるに必要な創造性や直感を育むと続けます。
また、そうして得られた思考をどのようにビジネスに役立てていくのかという命題のもと、アートとサイエンス、アートと資本主義経済といった一見結び付かないもの同士から親和性を見出しヒントに結び付けてくれます。この辺のアートの知識や事情はやや難解なものの、アートのわからなさを丁寧に解説していく姿勢は好感が持てます。各章のまとめも親切。
ただ知識編の比率が多く、思考についてさらに深掘りしても良かったのではと感じました。好きな本でもあるので、もっともっと思考が欲しい。そんな願望を許して下さい。

本書は全体的に入門編の性格を帯びていますが、もしあなたが、もっとえぐるようにアートの真実に触れたいのならば、こちらの思考もオススメです。深すぎて辛くなるほどに。
「「表現の自由」 入門」
「現代アートを殺さないために: ソフトな恐怖政治と表現の自由」
「芸術起業論」

また、わかりやすさを問い詰めた書籍にはこのようなものも。
「わかりやすさの罪」
実にストレートなタイトル。罪と言い切っているところが興味をそそりませんか?

おわりに。

悲しいかな、人間にはこんなサガがあります。
それは、複雑であいまいな情報や思考を嫌い、単純で明快なものを好む傾向。そしてわからないものを他人のせいにしてしまう心理。私にだってあります!
(参考文献 「歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか」 「イシューからはじめよ ― 知的生産の「シンプルな本質」」 「0ベース思考」)
そんなサガの中だからこそ、アートにはわからないものに向き合う心の広さや、わかった気になってしまうことへの戒めを気付かせる役割があるのです。やがてその役割は、私たちの情報に対する強さや生きる智慧さえも授けていく。アートに触れることで思考回路を変えたい方は是非本書を手に取ってみて下さい。面倒だけど有意義な時間と、新しい扉が待っています。

アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法

アート思考――ビジネスと芸術で人々の幸福を高める方法

秋元 雄史
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。