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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

東洋の古典

「文明論之概略 福澤諭吉」からの文を慈しむ。(2)

けれども、この仕組みをますます盛大にして、これが長く行われるようになれば、困窮している側は必ずこれに慣れてしまい、それをありがたいとも思わなくなるだろう。それだけではなく、これを当然もらえるものと思い、もらう物が少なくなるとかえって施す側を怨むことさえある。これでは銭を費やして怨みを買ったようなものだ。西洋諸国でも、困窮した者を救うについては、識者の議論が百出していまだ結論が出てはいないが、結局、ものを与えるときは、受け取る側の事情と人物をよく見て、直接その相手に接し、個人的に物を与えるより他に手段がない。

※(原文)
困窮の仕組いよいよ盛大にして、その施行いよいよ久しければ、窮民は必ずこれに慣れてその施を徳とせざるのみならず。これを定式の所得と思い、得る所の物、以前よりも減ずれば、かえって施主を怨むことあり。かくの如きは即ち銭を費して怨みを買うに異ならず。西洋諸国にしても、救窮の事に就ては、識者の議論甚だ多くして、いまだその得失を決せずといえども、結局、恵与の法は、これを受くべき人の有様と人物とを糺 ((ただ) して、身躬から (みずから) その人に接し、私に物を与うるより外に手段あるべからず。

「現代語訳 文明論之概略 (ちくま文庫)」 p243
※(原文) 「文明論之概略 (岩波文庫)」 p182

文と書籍の解説。

ところで、「文明」 というとあなたはどういったものをイメージしますか?
高層ビルがポンポン建っていたり、テクノロジーが発達していたり――ん、違う? では、少し時代を遡って、城壁に囲まれた大きな都があったり、知恵を絞ってインフラが整備されていたり――とにもかくにも十人十色のイメージがあるでしょう。

福澤諭吉が著した本書 「文明論之概略」 でも、文明について語られています。その冒頭で定義される文明とは、天下の人々 (この場合は国民) の一人一人の精神の発達であり、その結集であるとのこと。物質世界や大それたもの以前に、最小構成単位である一人の人間の成熟さ次第との考えで一貫します。なるほど。
そう踏まえると、今回の文では現代にも通ずる、文明を持つ上での不都合な真実と高い倫理観について触れているようにも見えてきます。
それは一体どういうことか?

改めて、諭吉の言う文明とは?

この 「文明論之概略」 は多くの現代語訳が出版されています。今回取り上げている文はその中から齋藤孝氏の版を使用しています。その理由や知っておきたい各書籍の案内は (1) をご参照頂けますと有難いです。お役に立てましたら幸いに思います。
さて、先ほどの文明の定義に少しだけ補足しますと、諭吉曰く、「文明論」 とは人間精神発達についての議論であって 「集団精神発達論」 と言っても良い、と。
精神面にクロースアップするのは、近代日本の黎明期だからでしょうか。国家も人間と同じで、幼稚からの脱却、つまりまだまだナイーヴだと感じられる江戸時代の開国以降の日本が、西洋と対等に渡り歩いていくには、成熟した格を備えねば始まらないとの想いが伝わってきます。

そして成長せねば他国に呑み込まれる危機感でもあります。その国家の格のためには、軍事であろうと教育であろうと産業であろうと、目に見える部分よりも、まず一個人のレベルを上げていかねばならないとの結論に行き着くのは不変の摂理です。
さらに、進歩的な彼の瞳には映っていたのでしょう。そう渡り歩いていく上で、善いことが必ずしも善い結果を招きはしない世界の不都合な真実も・・・。

警告。

特に精神の成熟度は何らかの授受が発生する際に如実に表われます。もしそこが足りなければ、授ける側もただ善い結果を無条件で期待するだけのナイーヴな状態を引き起こし、受ける側も自らを律することが出来ないために、善意を当たり前に感じてしまったり、恩を仇で返すこともあったり。概して逆効果の連続で、いかなる関係も保つことなど幻に終わるでしょう。

そう考えていた矢先、こちらの書籍を紹介してみたくなりました。
「世界は贈与でできている――資本主義の「すきま」を埋める倫理学」

思想にまつわる本なので難解な所もありますが、成熟度は増していきます。
いずれの書籍からも学ばされることは、贈与や助け合いは大事とは知りながらも、両方の側に非常に高い倫理観が求められるということ。国同士でも例外ではなく、当時の外交でも真っ先に考慮すべきことだったので、彼は慎重にそれを伝えたかったのかもしれません。
こんなナイーヴさへの警告も、彼が相当な現実主義者であるが故。教育者として啓蒙活動をしてきた印象だけで彼の著作を目にすれば、どこか冷たさを感じるかもしれません。核心を突き過ぎていて厳しい言葉も。それもこれも未来の日本を想うがための導きなのです。
現代の私たちが警告されているように感じるのは私だけではないと信じたい。

おわりに。

不都合な真実と高い倫理観に焦点を当てました。今回の文は現代の格差問題にも当てはまり、支援する側・される側双方にとっても見つめるべき部分で、自律や賢明さを促すような表現ですね。
この 「文明論之概略」 は文明や社会という大それたものを相手にしているように見えても、それらも突き詰めれば人間の集合体。人間という因子の出来によってそのレベルが決まるとつくづく思い知らされます。こうして自律を促す言葉が文明論の形で紡ぎ出されていく本書。私はこれからも大切にしていきます。

福澤諭吉と言えば 「学問のすすめ」 と言いたいところですが 「文明論之概略」 も是非オススメ。一個人の啓蒙は勿論のこと、仕事人やその他諸々の人格を備えたものには何にでも適用出来そうです。書かれたのは明治4年。今も昔も人が自らの足で立つための法則には例外は無いようです。

現代語訳 文明論之概略 (ちくま文庫)

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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。