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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

歴史

「ゲッベルスと私─ナチ宣伝相秘書の独白」からの文を慈しむ。

今の人たちはよくこう言うわ。もしも自分があの時代にいたら、迫害されていたユダヤ人を助けるためにもっと何かをしたはずだと。彼らの言うことはわかるわ。誠実さから出た言葉なのだと思う。でも、彼らもきっと同じことをしていた。ナチスが権力を握ったあとでは、国中がまるでガラスのドームに閉じ込められたようだった。私たち自身がみな、巨大な強制収容所の中にいたのよ。

「ゲッベルスと私─ナチ宣伝相秘書の独白」 p172

文と書籍の解説。

こう思うのは私だけでしょうか。歴史に触れる時――否、全てにおいてと言いたいところもありますが――後世からの裁きは、やってはいけないと思う倫理観。こうまで断言してしまうのはやり過ぎで青臭いでしょうか。
しかし、今回この文と出会いつくづく感じたのです。まず、この発言の主はブルンヒルデ・ポムゼル氏というドイツ人女性。彼女は第二次世界大戦終決まで、ヒトラーの右腕であったゲッベルスが率いる宣伝省にて、彼の秘書をしていました。このインタビュー時に103歳。生き字引という単語以外に言葉が見つかりません。
とかく現在に至るまで、本でも映画でも大戦時のドイツのネタには事欠きませんが、そんな彼女だけが知る当時の経緯や背景、そしてその肌感覚があると思うのです。

「日本は無くなるかもしれない」。

まずは、先の認識が歴史の心得です。歴史は全て因果で網羅されたドラマと言っても過言ではなく、各々のシーンが必然です。この事実を踏まえて深慮しなければ、彼女が言う “今の人” のように、所詮は全てあけすけな言葉に終始することになります。その時にはその時なりの避けられない事情や確固とした流れがある。
よって今の価値観や技能では裁けません。後からなら何とでも言えます。

この日本でも、戦争関連を70年以上も経った今の平和な価値観から、無意識のうちにジャッジしてしまう場面もあるかと思います。
戦時中には、この先日本がどうなるか、そんな明日は全くもって見えるはずが無かったでしょう。負ければ滅びるのが当時の世界の論理で、結果いかんで日本は無くなるかもしれない恐怖もあったでしょう。戦後処理も経済成長もバブルも当然知る由もありません。
(参考文献 「スイスと日本 国を守るということ」)

大丈夫だと振り返りジャッジが出来る私たちと違い、想像を絶する中で “今” を過ごした先人へ思いやりを忘れてはなりません。

スマホがあれば一発じゃん?

先人に明日は見えず、一方私たちはその “明日” から見てしまう。特攻が正気かどうかとか。当時の状況も文明も慮ること無くジャッジしてしまったらフェアではありません。
たとえば平安時代の貴族の恋愛は短歌を恋文としてやり取りしたとのこと。それを、「LINE使えば早いじゃん?」 と言ってしまうようなもの。軽々しく言えません。

私はナチスを肯定はしませんが、客観的事実としては淡々と受け取ります。そして、アイヒマンの裁きに代表されるやむを得ない状況の数々を知り、当事者にしかわからない肌感覚を想像してみようと思うのです。

本書は総じてリアル。渦中にいた彼女の言葉は色鮮やかに。
長寿のため思わぬ形で生き字引になり、ナチスへの罪のなすりつけや秘書なので事件は知らなかったの一点張りな発言も見られます。過酷な記憶により、脳が拒絶しているかもとの話も。また、彼女はやや能天気な人で、別の人ならばどうだったろうとも疑問を残します。

おわりに。

実は本書を通して、彼女が送る今の若い人たちへのメッセージが身につまされるのです。先の文のように決して敵対的ではないとお伝えします。

2020年で75年。当時の政府関係者は主要国 (ドイツも日本もアメリカも全部) では彼女を最後にもう残っていないそうです。彼女もこのインタビューのあと2017年に亡くなりました。

著:ブルンヒルデ・ポムゼル, 著:トーレ・D. ハンゼン, 監修:石田勇治, 翻訳:森内 薫, 翻訳:赤坂 桃子
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。