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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

科学

あなたに書評の贈り物:「弱虫の生きざま」 文慈部より。

ニュータイプの兵法書。

驚いた。教わることがあり過ぎる。
本書は身近な動植物の生きざまを題材にしたニュータイプの兵法書。もしくは処世術の書。つまりあなたがこの世をどう生き抜いたら良いのか――そのヒントを生き物たちがたくさん教えてくれる書籍です。
生き物の世界は言うまでもなく、気が遠くなりそうなほどに広くて深い。そして独創的。ここが重要。
そうだからこそその生きざまが人間の営みに置き換えられると、半自動的に広範囲かつ深く人間をカバーすることになり、やがて高い人間力を携えた 「生きる知恵」 へと転換されていきます。加えて、その広さ故に未知のことの方が多くなるので、たとえ人生経験や読書経験をそれなりに重ねた人でも新たな気付きが得られることになるのですね。ヒザを打つことの連続です。

本書では、動植物の 「生きざま」 から得られる学びを、具体的な人間社会の例を交えて紹介している。

「弱虫の生きざま 身近な動植物が教えてくれる弱者必勝の戦略」 p6

人間って楽なんだな。文句言ってはいけないな。そんなことも思い知らされつつ。
彼らの生命たるものは、いつ何の拍子に終わってしまうかわからない。捕食されたりアクシデントに見舞われたりは当たり前。私たちだってブーンと蚊が飛んでいたら両手でバチッとやりますよね。蚊にしてみればアクシデント。そんな不確かで過酷な状況において生まれたなんとも賢く健気な生き物の姿。合理的に子孫を残そうとしたり、より危険の無い暮らしを獲得しようとしたり。そこには尊敬の念さえ芽生え、アタマが下がります。励まされます。
明日から文句言ってはいけない! そんでもって人間って何! と、思わず遠い目をして呟きたくなる本です。
ではもっと慈しんでレビューしていきましょう。

あなたの瞳に焼き付くビジュアル。

私自身は昆虫がとてもニガテです。現物は言わずもがな、写真も本当にダメです。もし自分も同じだよという方はいますか?
本書の有り難い所は、昆虫も動物・植物も万遍無く登場してきますが、その全てが愛らしいイラストで表現されている所。どれもこのヘタウマ感が何とも言えずイイ。

だから瞳には焼き付き、脳裏にはスッと入って来るビジュアルをしていると言えます。えてしてこういった生物の話題はひとたび間違うとただの図鑑のようになり、さらには堅苦しくもなりそうな懸念があります。ですが、こうすることで手に取りやすくする演出もあるでしょうか。だとしたらこれはかなり功を奏しています。見た目のテンションも高めで楽しそう。個性的な書籍に仕上げられています。

各項目の前半 (導入) 部は昆虫・動植物たちの解説。生態や習性等を具体的に取り上げ、どんな生き物なのかを明確に。先述した 「人間社会に置き換えての処世術云々」 も早く知りたいところですが、それはひとまず置いといて、この部分を読んでいくだけでも相当に楽しい。なので焦るなかれ。

例えば、クマは森の保全や維持に寄与していることから、「生態系エンジニア」 とも呼ばれている。木の上に登り、木の枝を折りながら木の実や果実を食べる。このとき、クマが木を折ることで、森の中に光が差し込むようになる。背が低く光が得られなかった植物にも、成長するチャンスが与えられる。

「弱虫の生きざま 身近な動植物が教えてくれる弱者必勝の戦略」 p113

このように、既に知っていた生き物の知らなかった一面を垣間見るのは勿論、これまで普通に生活していればまず知ることの無かったものとの出会いも盛りだくさん。そしてそれらが繰り広げる生存戦略を一つ一つ知るたび、「ヘェェェェェ!」 という台詞が止まらず止まらず。時間を忘れてページを進めていくことになります。

「ヘェェェェェ!」 の理由 (ワケ)。

さて、動植物の生存戦略を詳しく見ていきましょう。
ひと言で表現するとそれらには驚愕します。感動を覚えます。私としては是非伝えたいのです。人間の理解の斜め上を駆け抜け、奇想天外に編み出された自然界の大きな摂理や彼らの生きる執念を。
神様を信じていなくても、これだけの摂理という寸分狂わぬ歯車を作り出した何らかの大きな力に遭遇したら、否が応でも神の存在を信じたくもなります。インテリジェンスデザインとはまさにこのこと。

ここ数年だけでもさまざまな気候変動や異常気象が数多く発生しているように、今いる環境には必ず変化がある。その際、種として生き抜いていくためには、さまざまな特性を持った 「多様性」 が重要だ。ある病原体が蔓延したとき、全員が病原体への対抗策を持たない遺伝子しか持っていなかったとしたら、あっという間に全滅してしまう可能性がある。
自家受粉をした場合、その子どもは遺伝子的には親と全く同じである。対して他家受粉では、異なる遺伝子との組み合わせとなり、親が持っていない特性を持った子孫を作ることができる。
オオイヌノフグリは、本当は他家受粉の方がよいが、もし昆虫が自分の花を訪れなかった場合に備えて、自家受粉を次善の策として用意しているのである。

「弱虫の生きざま 身近な動植物が教えてくれる弱者必勝の戦略」 p127

この文は一例に過ぎませんが、「ヘェェェェェ!」 の次は 「何故そうなの?」 「何故そんなことが出来る?」 の言葉が思わず出てきます。刺激の連鎖。

ちょっとここで食物連鎖のピラミッドを想像してみて下さい。
本書ではその下位にいる 「弱虫」 たちにスポットを当てています。その上位には一般に強いとされる生き物がいますが、むしろ下位のそれらの方が強くたくましいのではと錯覚します。否! 弱いからこそ考えなければならなかったのでは?
ううっ!
強い・弱いの言葉の意味がわからなくなってきます。しかしそれはそれで偉大で深い学びになりますね。
とにもかくにも、「弱虫」 は死と隣り合わせというスレスレの日々の中に身を置いているがために、あらゆるリスク管理がもはや遺伝子レベルで徹底され、生態系という大きな歯車を熟知しているようにさえ思えます。

なんだかんだ言って、私たち人間にはここまでの生存戦略は要りません。そう断言出来る。でも、人間は強者でしょうか? あなたはどう思いますか?

たとえ弱くても。弱くなっても。

カジュアルな見た目とは違い、内容がこうしてジンワリと身に染みてきます。
全体を通して、仕事に行き詰まったり人間関係に悩んだら癒される効果がある一方、ビジネス上のマーケティング等の戦略にも大いに使えるにあたり、やはり生き物の世界は幅広い。

世の中には、目立たなくても、なくてはならない大切な仕事がたくさんある。オオクロバエが見えないところで地球を掃除しているように、地味に見える仕事が、実は重要な役割を担っている。ビジネスにおいては、その事実に気づけるかどうか、また、そうした仕事をする人への配慮ができるかどうかが成否の大きな分岐点となるだろう。

「弱虫の生きざま 身近な動植物が教えてくれる弱者必勝の戦略」 p220

個人的に気になった生存戦略について挙げてみます。
例えばカッコウの弱点克服術。その生態を知っての一番の感想は、よく淘汰されなかったなと。こんなあまりに不器用な体質、かつ弱点を持っていれば、間違いなくいずれこの世からいなくなるはず。さらには人間社会の倫理でははじかれる。しかし実際に淘汰はされていない。
私たちの考える倫理面では、その生きざまには首を縦に振れないとはいえ、少し見方を変えると、由々しき弱点を克服しながら生きる彼らの執念と知恵は見習わないといけません。

次に、最も心を揺さぶられたのが、マルクビツチハンミョウという昆虫の生き残り術。桁違いの卵を産まねばならないその理由と成虫するまでのプロセスが泣けるのです。こんな生涯、過酷すぎる・・・。
どの生きざまにも大きな教訓があるのですが、言葉が月並みになってしまうのが何とも悔しいです。あなたは何か良い言葉を見つけて糧にして下さいね。

ところで本書の著者、亀田恭平氏――本書終盤で自らが触れていますが、彼は本当に生き物が好きであるとのこと。だからなのでしょうか、本書のクオリティの高さも手伝って、本全体にそのウキウキ感と生き物への敬意が満ち溢れているように感じさせるのです。あなたも手にすればそんなマジックを感じるはずです。だからこそ読みたくさせるし、こうして紹介したくなる。余談ではありますが、何事もまずは大いに好きになることが一番大切だとも暗に教えられるようです。

そしてもう一つ余談を。

本書 「弱虫の生きざま」 に類似するオススメ書籍。

生物を知れば社会を透視出来ると言っても過言ではありません。その摂理――生態や進化のメカニズムは、無意識化で人間社会に多大な影響を与えています。そこで絶対おススメしたい書籍がこちらです。

進化思考――生き残るコンセプトをつくる 「変異と適応
これは名著と言いたい。実に骨太な書籍。生き物の進化において必要な因果と人間の思考回路を見事にリンクさせています。

感染症の世界史
本書の 「弱虫」 以上に弱虫な、微細なウィルスたち。しかし実はその生存戦略や進化は動植物以上に目を見張るものと教えられます。恐ろしいまでの速さで、住処を探しては形を変えていく。時に命さえも奪うその真実に圧倒されます。

おわりに。

そりゃぁ我らが人生だって甘くありませんぜ!
そう言って強がってはみたものの、登場する生き物たちの一生涯に比べたら、どう考えても人間界の方が――誤解を恐れず表現するならば――圧倒的に楽。本書を読んであなたもそう思ってしまうに違いありません。もっともそこで互いを比較する意味も見出せませんし、各々が生きるにあたっての目的や文脈を異にするのもわかっています。

ただ、強いてそう考えを巡らす中で、その生きざまは謙虚な気持ちにもさせるのです。人間として。
今まで安易に生存競争や弱肉強食などという言葉を使ってしまっていたことを何だか反省。こうして本当の激しさを知るにつけ、申し訳無い想いが到来します。実際のところは、浅薄なイメージでそれらの言葉を当てはめ、勝手にその気になっていた思い上がりだったと思い知らされもします。
総じて本書は、生存戦略を学ぶだけでなく、時に謙虚な気持ちを忘れないようにさせてくれる本。自身だけの読破で終えてしまうのは何とも勿体無い。子どもないしは次世代に読ませ継承したいと思わせます。生き物の世界は、見つめ続ける価値があるほどに広くて深い。

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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。