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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

科学

「禍いの科学 正義が愚行に変わるとき」からの文を慈しむ。

もしあなたがみんなに薬を与える立場にあるなら、少なくともモグラが作るような小山ではない、見上げるほどの山のような根拠を用意してから行動してほしい。

「禍いの科学 正義が愚行に変わるとき」 p44

文と書籍の解説。

根拠は責任――。

こんな話は愚痴でしょうか。個人的にはそんなもの嫌いなのですが、もしそう思わせてしまったら、まずはゴメンナサイ。
ふと脳裏に浮かんでしまったのです。あなたにはこんな経験はありませんか?
例えばあなたが何か事を成そうと努力しているとします。そんな中、やってもいない人が浅はかな知識でアドバイスや批判をしてくる状況・・・。如何でしょうか? ご意見を。
ちなみに有名なロバート・キヨサキ氏の書籍でもこういった状況が多く言及されています。一例として、大抵の人が望んだ場所に辿り着けない最大の理由は、経験の無い人の意見を聞いてしまっているからだ、というように。(参考文献 「金持ち父さん 貧乏父さん: アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学」)

本書において今回の文が書かれた背景はこれとは若干異なります。しかし共通して言えることは、発言に対しては 「根拠」 という大きな責任を片時も忘れてはならないという教訓でしょうか。まして人命や金銭が大いに関わる問題ともなれば、根拠の無い行動・・・利害に無頓着で、当事者意識の薄い無責任な言動は誰も幸せに出来ず、むしろ不幸にします。
だから山ほどの根拠という著者の表現からは、いつだってマジであれと言われているように感じさせますね。

そんな本書は、根拠が足りないばかりに、命を軽んずる結果を招いてしまった人間の業の物語です。これがホントに面白い。ちょっと聞いて下さい!

パンドラの箱って知ってますか?

「正義が愚行に変わるとき」 との副題が好奇心をそそります。原題を見ると 「PANDORA’S LAB: Seven Stories of Science Gone Wrong」。つまりパンドラの研究室。悪となってしまった科学の7つの物語。もう少しこの意味を噛み砕きたい!

科学――その恩恵は素晴らしい。しかし著者のポール・A・オフィット氏の言葉を借りれば、科学は美しいパンドラの箱だと言います (パンドラの箱の神話についても本書冒頭で説明されています)。その心は、私たちの生活を豊かにするはずと信じられていた科学的発明にも、ひとたび蓋を開ければ、その恩恵の裏側にリスクが潜んでいることを意味します。さらには使いこなす人間の知性が追い付かなければ、途端に悪へと豹変することも。
いかなる科学も無条件で好結果をもたらす、とは限らないジレンマが常に存在するとわかるのに時間は要りません。

元々本書が書かれたキッカケは、著者が訪れた企画展 「世界を変えた101の発明」 の中で、火薬と原爆が紹介されていたことから。
ん? それらは利益よりも害悪をもたらしたのでは?
そんな疑問がその逆の 「世界最悪の発明のリスト」 を生んだ模様です。

リストアップ後、絞りに絞ったネタは全部で7つ。その7つの知られざるエピソードで本書は展開されています。そこには歴史のタブーに触れるエピソードもあり、どれもインパクトは大。解明までに長い期間を要した話が大半で、中にはつい最近 (21世紀) にまで及ぶのがあることに驚かされます。
また7つとも欧米諸国に端を発する話ですが、巡り巡って現代の私たち日本人に関係ある話も。私には身近に思い当たるものがありました。あなたにとっては如何でしょうか。
こうして読んでいく中で出会った今回の文。これは最初のエピソード、第1章のラストの一文。その後の章でも重要な物言いになっていくのです。

難しいことはさておき、ここに注目。

トランス脂肪酸、マスタードガス、メンデルの法則・・・。
科学がメインテーマなので、当然ながら科学 (化学) および医学の解説が頻出します。聞いたこともないであろう物質名、遠い昔に習ったような理科の用語のオンパレードにおののきそうですが心配要りません。それらは苦にならないと断言出来ます。伏線を回収していく著者の文章構成や解説の巧みさも手伝い、仕舞いには好奇心が勝っていくのですね。もっと知りたいと。

そもそも一番に伝えたいことは、映画にしても絶対に面白いと思える人間模様。どのエピソードでも人間の存在こそが何よりも大きな禍いだと悟らされます。
真実を追求する中での見応えある善と悪の壮絶なバトル。そのはざまで揺れる登場人物の感情の変遷。そして間違った野心、歪んだ正義、トラウマを抱えた人間の承認欲求等が真実を曲げてしまう心理描写――嗚呼、人間っていう奴は何故にこんなにも悲しいのだろう。愚かさが露呈されていくだけ。何が正しいのやら。
想像を超えたグロさに気持ちが悪くなる部分も。特に第4,5章辺りで顕著です。
人の闇でお腹一杯。表情が真顔になっていく。反面教師で、人生の戒めの書。

そこで戒めの書にご興味ある方はこちらも是非おススメの良書です。

「THINK AGAIN」
本書のエピソードの中には、誤りを認められなかったり、通説を鵜呑みにして禍いを招くものがあります。それは人の悲しいサガとわかりつつ、そうならないための思考回路と心構えを教えてくれます。もう一歩だけ賢く生きるために。

「悪魔のマーケティング」
この本自体がエピソードの一つになりそうな内容です。テーマはタバコ産業が隠してきた真実。
タバコには依存性など無く体に良いものと喧伝。密かに依存症者を増やすことでビジネスを拡大。それを暴こうと挑む、アメリカで起きた裁判記録です。

おわりに。

科学より人が禍い。そんな印象が真っ先に浮かびます。
実はそれこそが本書の本質でしょう。波乱の多い内容も、最後は人への7つの教訓という形でしっとりとまとめてくれています。

現代の生活はこれらの犠牲によって成り立ち、同様に、私たちの生命も歴史上の代償によって守られています。そう思うと、悲しく映った登場人物たちに感謝の念が芽生えるのがささやかな救いです。加えて、あながち他人事ではないと感じさせます。
何故ならば、私たちも自ら気付いてないだけで、本当は同じように根拠に乏しく思考停止している歴史のド真ん中にいるとも言えるからです。巷のエセ科学を始め、今食しているものも絶対とは言えません。
だからなのでしょうか、各エピソードがどんなに滑稽で酷いものであっても、嘲笑えず、怒れず、馬鹿にすることが出来ない心境に陥ります。歴史は繰り返すという言葉が本当なら、数十年後に本書に似た書籍に今の何らかの経緯と事実が載る可能性もあります。今度は未来の人たちがその人間模様を楽しむでしょう。その時に今まさにこの瞬間が禍いの中だと決まるのかもしれません。

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき

禍いの科学 正義が愚行に変わるとき

ポール・A・オフィット
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。