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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

思想と哲学

「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」からの文を慈しむ。

カリエール:本があると、暖かい、守られているような感じがするというんです。本があれば、間違えたり、迷ったりしないだけでなく、凍えることもないんだそうです。世界じゅうのあらゆる概念、あらゆる感情、あらゆる知識、そしてあらゆる間違いに囲まれることで、安心と安全の感じが得られるんですね。書庫にいれば寒くありません。書物が無知という危険な霜から守ってくれます。

「もうすぐ絶滅するという紙の書物について」 p409

文と書籍の解説。

本は暖かいとは、なーんて夢のあるお言葉!
このような文章からは、改めて本の存在価値を教えられる気がします。

言うまでもなく、寒暖に関する部分は一つのメタファーです。しかし何故本があるのかとの命題に対し、その答えは十人十色だとしても、この感情はかなり良い線を突いていると思いませんか? 私としては、「そうそう、これ!」 と溜飲が下がったと言っても過言ではないのです。
ひとたび書店や図書館を訪れると、書物という形で、そこには世界中のあらゆる時代の成功も失敗も収められている。人や国を防衛するものは何も武力だけにあらず、これこそが私たちを多方面から守ってくれるのですね。こんな優れたものは無い。足を踏み入れるたびそんな想いに包まれます。
本書では、イタリアの小説家ウンベルト・エーコ氏とフランスの脚本家ジャン=クロード・カリエール氏――ヨーロッパを代表する2人の大きな知性が本について熱く熱く語っているのです (残念ながら本稿執筆時には共に故人)。全編を通して、進行役のジャン=フィリップ・ド・トナック氏を交えた3人の会話です。半ば他愛の無い雑談ではあるのですが、非常に物知りな2人の高い教養と知性に引き込まていきます。次から次へと話題が連鎖し、尽きることがありません。人物名も書名もどれだけ出てくるのやら。日本についての話も少し。あなたはそこで一人の傍聴者として参加。興味が膨らんでいくだけでなく、国境や時間を越えて巨匠と本への想いを共有出来そうです。本好きなあなたには本当におススメです。

ところで少しだけ話が逸れますが、個人的にこの本に惹かれたちょっとだけミーハーな理由が別にあるのです。

ゾウさんも同じことを言っていたゾウ。

それは・・・ある種の色気と表現しても良いのでしょうか。デザインというか見た目が良く、ズバリ、オシャレな本なのであります。
古文書の如き装丁 (西洋の古い図書館にありそうな演出)。意図的に設えられたであろう古臭い紙質 (時間が経てばイイ感じに朽ちていくタイプ)。トドメに天や小口 (つまり紙の断面) が鮮やかな群青色に染められています。こんな本は滅多に無い。一目見た時の驚きは忘れません。手にするだけでも、見ているだけでも、さらに部屋に置いておくだけでも何だか楽しい。

そしてもう一つ余談を。実は今回の文に類する一文がこちらの本にも存在します。同様に楽しい本なので強くおススメしたいです。
「夢をかなえるゾウ2」

この本はいわゆる啓発書。その内容はコメディタッチ。
主人公の青年が、突如現れたヒンドゥー教の神であるゾウ (ガネーシャ) と巻き起こす奇想天外なドタバタ劇。成功するためには図書館に行け、という旨のセリフをガネーシャが青年に投げ掛けるシーンが登場します。その際にガネーシャが諭す理由がまさに今回の文のこと。
「人間の悩みなんちゅうのはいつの時代も同じや。そんで本ちゅうのは、これまで地球で生きてきた何億、何十億ちゅう数の人間の悩みを解決するためにずっと昔から作られてきてんねんで」。

「世界は一冊の書物である」。

さて話を本書に戻しましょう。
2人の会話は、それはそれは変態的とも言えるほどにマニアック。本オタクとでも形容出来ますね。それだからかたまについていけないくらいで、ポカーンとする自分が現れ。そしていつの間にか別の話題に飛んでいる! なんてことも。文学・絵画・映画・歴史・哲学・民族・・・忙しくはあれど、これらは概して楽しく微笑ましい。読み込むうちに話題の本質はシンプルだと気付かされもします。頭のイイ人の話は面白い。

そうして語られていくうちに、言語と宗教、そして紙の話題が登場します。
本の話題となると、ある意味避けて通れないのがこの辺りの話題ではないでしょうか。本書内でも自然と多くなっている印象もあります。それもそうですね。書物にとって宗教というキーワードはとても重要で、それを伝えるために言葉や印刷技術、さらには製本技術が進化していったのですから。

ちなみに今回の文が登場する経緯も、元は宗教の話から。本書のかなり後半の章で登場します。特にエーコ氏が言うには、一神教の世界では聖典に特別な意味があって、その理由はそこに神の言葉に由来するものが写されていると見なされるからだそうです。その関係性は、なるほど! の連続。とにもかくにも目からウロコの教養の深みへと招待されていくようです。インドとの宗教の比較論も興味深い。そしてお互いの幼少期の体験を織り交ぜながら話が進みます。

こうして読んでいくと、人類は試行錯誤の末に、書いて読む行為が、まずは強い力を持つ歴史を作り上げてきたことを教えられていきます。言葉を知り操ることが特権でもありました。
そんな言葉の威力を触れていこうとすると、唐突にそれらを司る書物とは何なのかとの議論が始まります。忙しい。その中でカリエール氏が紹介するポール・クローデル氏という作家の言葉が面白いのです。
「世界は一冊の書物である」
本に対する哲学的な想いが続いていくのですが、うなずける所も多々あり。そこに付け加えるようにカリエール氏の友人が発言した言葉が今回の文というわけです。

おわりに。

ほとばしる熱い言葉。そこから本質的には書物や文字の歴史、そして人の進化や文明を知るに至ります。焚書や戦争、災害を生き延びてきた書物の奮闘ぶりも。
知恵を働かせて、受け継ぎ、残してきた、人間の崇高さと愚かさ。ともに歩んできたものだと実感させられ、感謝とともに、より本が愛おしくなってきます。昔の人と多くのことを共有出来る良さ。文化や文明をこのレベルで真剣に考えてきたお二方に頭が下がります。そのまたとない教養も存分に味わってほしい書籍であることをお伝えしたい。全部載せたいくらい。

気持ちがわかることの連続で嬉しくなること請け合い。物理的にも精神的にも本を手にして読めることの有難さと幸せ。紙や活字・印刷の発明にも感謝。昔は本の状態ですらなかった。
本は宝。電子書籍でも読めるようになった今、時代が進んだからこそ読みたい本。

もうすぐ絶滅するという紙の書物について

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ウンベルト・ エーコ, ジャン=クロード・ カリエール
2,218円(06/30 01:42時点)
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。