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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

思想と哲学

「なぜ、間違えたのか?」からの文を慈しむ。

逃げ出さなかった人は遺伝子を残すことができずに消えていった。つまり、現存しているわたしたちホモ・サピエンスは、他人のあとをついて逃げてばかりいた人間の子孫なのだ。

「なぜ、間違えたのか?」 p284

文と書籍の解説。

ハハハ。っと笑いが出てしまった文。そして人生のトラブルは回避出来そうな本。
さて、生物学の書籍を読んでみるとこんな開き直りの発言はわりと多いのです。ええ、私もあなたも逃げてばかりいた人間の子孫! だから存在しているっ! それが何か!
・・・安心するやら反発心が芽生えるやら。いつだったか、手にしたある書籍に、人間のそんな “性弱説” が唱えられてましたっけ。
逃げてばかりいた――つまり臆病であることは、世論としては心のどこかで妙なプライドが許さなかったり、時に揶揄される対象ともなるのですが、いやいや、長い目深い目で見ると、むしろ賢くたくましく生き残っていくための立派な戦略なんだぞっ! と声高に言い張って良いのだと、慰められ、励まされもします。生物のサガは時に、悲しいかな、そのように通念や倫理に反していることもあるのです。
勇敢さも強さも素晴らしいものに違いありません。しかし本書を読み進めれば、その本当の意味や存在意義を今一度じっくりと考えてみたくなります。真のそれらは何ぞやと。

本書は、人間はそもそも愚かだと知りながら、その上で熟考することを奨励します。世の中には、あちらにもこちらにもあなたを不合理に行動させてしまうワナがたくさんだからというわけです。ではどんなワナか。

「あなたって何かというとワナ、ワナって、そればっかり!」

本書は元々、著者のロルフ・ドベリ氏が個人的に役立てようと書いて使っていたもの。それがいつしか公私ともに役立つことに気付き、ドイツとスイスの日刊紙にコラムとして連載されることに。さらにはそれらがまとめられ出版されると、たちまち現地で80週にわたりベストセラーのベストテン入りする話題作となりました。2012年のことです。コラムらしく、軽快でテンポの良い筆致は小難しさとは無縁。サッと読めてしまうのに内容は濃い。

その内容は認知心理学の面から人間を眺めた、いわゆる 「あるある」 の形。
わかっちゃいるけど間違った判断をしてしまう人間の愚かさや、自己都合で物事を曲解して見てしまう・・・そんな私たち人間の不都合な真実を、全部で 「52の思考の落とし穴」 と名付けて解説しています。各落とし穴には、「○○のワナ」 と一つ一つ名前が付けられ、著者の個人的なエピソードで展開。これがとてもユーモラス。

印象に残ったオススメ (?) のワナは (どれも捨て難いのですが)、「イメージのワナ」「ゼロリスクのワナ」 あたりでしょうか。これらのワナを自覚しておくことのメリットは、自他の賢くない行動に気付けるので楽に行動出来ることだと著者は言います。

また、どうやら著者は日頃から家庭内でも 「ワナ」「ワナ」 と言っているらしく、奥様に 「あなたって何かというとワナ、ワナって、そればっかり!」 なんて罵られる始末。彼の言葉は思いやりなだけに気の毒で、そんな喧嘩に微笑ましくもなります。
加えて、各話のトップにあつらえられた絵が何だかとてもシュール (画像参照)。最初に目に入るわけですが、これもちょっと笑えて、先々の内容に対して想像をかき立てます。あなた独自の笑えるツボも見つかるはずです。

こちらの本も絶対に伝えておきたい。

洋書であることから、いつものように内容の真意を探るための原題確認をしてみます。とは言っても著者はスイス人。英語ではなくドイツ語になるので全くわかりません。
ところが、偶然行き着いた彼のWikipedia上での著作一覧には、本書表紙に見られるスペルと同じ書籍がありまして、Die Kunst des klaren Denkens (The Art of Thinking Clearly), 2011と記されています。どうやら括弧内の英語を見れば事足りそう。「明快に考える技術」 と訳しましょうか。
そう調べていくと、とある記憶が甦ります。

私事ですが、実は本書を読む前にたまたまこちらの書籍を読んだことがあったのです。
「Think clearly 最新の学術研究から導いた、よりよい人生を送るための思考法」

同じドベリ氏の著作です。しかもこのタイトルにも 「Think Clearly」 が使われています。旧版なのか、はたまた逆にリニューアルした別バージョンなのかと勘繰っていたら、どうやら全くの別物。同じ52という数字があっても、その数字には根拠は無く、過去の著作に準じただけとのこと。この本はシリーズ化もされています。
内容は打って変わって至って真面目で、今後の人生で是非とも使いたい名言の宝庫。ここでは特に伝えたい一例だけを挙げることにします。

「ありとあらゆることに意見を述べなくていいのは、とても開放感がある。それに恥ずかしがらなくても、意見がないのは 「知能の低さ」 の表れではない。「知性の表れ」だ。」 p253

両書とも甲乙付け難い。ただ、本書 「なぜ――」 の方は、今では古本のみの取扱いになってしまっているようです。個人的にはなんとも惜しい気がしますね。本書の内容に話を戻します。

おわりに。

実は今回の文と類似する表現が本書中に3ヶ所出てきます。そこからも何となくこの言葉の重要度が透けて見えてくるようです。

人は本能的に愚かなのだ。
そう開き直って読めば読むほど本書は笑えて勉強になり、しかも各項にあるような何らかのワナにハマっていると常に注意すれば、慌てず熟考している自分に気付きます。一見正しいと錯覚してしまったり、無意識のうちに同調圧力に屈していたり、金銭的に損する構造に気付けなかったり・・・根拠に乏しい感情や直感が不合理で不幸にさせるかもしれない中で、理性を発動させ、じっくりと判断力を磨く助力になる書籍です。人間をより深く知り学んでいくキッカケももらえます。

また、心理学および行動経済学の本ということもあり、ダニエル・カーネマン氏やロバート・チャルディーニ氏の名前が頻繁に登場することも付け加えておきます。それぞれこの著作が有名です。
ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 文庫 (上)(下)セット
影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

本書でたくさんのことが計算出来そうです。感情に負けそうになったら、再度振り返ってリセットするために読みたい。その度にまた一つ成熟したと思わせてくれそうです。ああ、人間って面白い。

著:ロルフ・ドベリ, 翻訳:中村智子
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。