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文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

アートとデザイン

「クリエイティブ・マインドセット」からの文を慈しむ。(2)

「クリエイティブな制約」 というと矛盾に聞こえるが、制約を設けるのは、クリエイティブな行動を促すひとつの方法だ。選べるとしたら、ほとんどの人はもちろん、もう少し多くの予算、もう少し多くのスタッフ、もう少し多くの時間がほしいと思うだろう。しかし、制約を受け入れる自信さえあれば、制約が創造性や行動の刺激になることもあるのだ。

「クリエイティブ・マインドセット 想像力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」 p181

文と書籍の解説。

突然ですが 「家紋」 ってご存じ・・・ですよね?
どのご家庭にも代々伝わるものがあるかと思います。私自身は家紋の世界が好きで、数多くの関連文献を読んだり、紋付け職人さんの所に足を運んだりもしました。その魅力を書いたら紙面が足りなくなりそうなので控えますが、少しだけお伝え出来るのなら、切り口の自由さと円だからこそ生まれる構図の独創性と言いましょうか。

何故こんな話を?
そう思われるのも無理はありません。先ほど 「円だからこそ生まれる――」 と書きましたが、例外は勿論あるものの、基本的に家紋は円の中で繰り広げられる世界だと知りました。(参考文献 「家紋の話」)
その制約があるからこそ、想い想いに選んだモチーフを、工夫を凝らしながら円の中にどう納めるかがセンスの見せ所というわけです。そうして考え抜かれた紋は、時を越えても色褪せず、私たちの眼前に継承されています。制約がある中で考え抜くことこそ創造なのだと教えてくれる世界なのです。現代生活に置き換えれば、○○が無ければ出来ないという言い訳は出来ないとの戒めにも通じそうです。
クリエイティブという言葉を使うと、どこかしら自由な何かを連想させます。自由な発想とか自由な形とか。ただその自由――その解釈は様々ですが――は称賛するけれども、本来の創造たるものは、簡単には変えられない人間の本能や行動の導線、つまり摂理との対峙によって生まれる制約もしくは障壁でこそ鍛えられ、時代を生き残っていくもの。必ずしも無条件の下で奔放に行われるわけではなく、実はその正反対の状況下で生まれたものが大半で、その葛藤から生まれるまでの歩みを見てみるのも勉強になったりします。そんなわけで、概ね著者のこの意見に同意です。

ビックリ。ここまであるとは。

この 「制約があるからこそ創造力が磨かれる」 という論理は、デザインに言及した本書に限らず、実はジャンルを越えた様々な書籍に登場しています。例えば代表的なものがこちら。

「ダイアローグ 小説・演劇・映画・テレビドラマで効果的な会話を生みだす方法」
「抑制や規律や制約は、すぐれたものを生み出す原動力になる。なんの制約もなく、思いつくままに自由に書いても、散漫な作品になるのが落ちだ。」 p194

他にもタイトルだけ掲載しますと、
「TED 驚異のプレゼン 人を惹きつけ、心を動かす9つの法則」
「良い戦略、悪い戦略」
「無敵の思考」

いずれの書籍も良書でオススメであることをまずはお伝えするとして。
私の記憶ではこれら以外にも見掛けたのですが、ウーン、とにもかくにもここまであるとビックリ。表現も大抵類似しています。
ということはこの論理自体、もはや人類にあまねく必要な考えとも言えそうです。また逆を言えば、クリエイティブな世界は、人生においてとても汎用性の高い思考や智慧を私たちに提供してくれるのだと本書からつくづく思い知らされます。だから本書は生きていくに欠かせない智慧の宝庫。人間力も上がる。そんな良さを言い尽くせないのが悔しい!

そんな本書の知っておくべき第一の特徴は (1) の記事でも触れました。繰り返しになり恐縮ですが、簡単にお伝えさせて下さい。
原題の Creative Confidence (創造力に対する自信) の真意を探ると、創造性は決して特別なものではなく、どんなに些細な創造性でも生きていく上で誰にとっても不可欠なものですが、そこには恥ずかしさや恐怖の存在が否めません。しかし不可欠だからこそそこに打ち克ち自信を持つための心構えが求められると共著者のトム・ケリー氏とデイヴィッド・ケリー氏は愛を込めて私たちに伝えます。そのためには具体的にどうするのかの話で本書の前半が展開されました。自信の大切さが第一の特徴です。デザインを生業としてきた私も身に沁みて感じる話が多々あります。

アイスをすくい取ったあと、人はどうするか?

そもそも創造というものは、形や体裁を指すだけではないのだと学んでいきます。一つの要素として否定は出来ないものの、むしろ心構えや思考回路が重要なのだと各デザイン例が教えてくれますね。何故こういうデザインが生まれたのかと各背景に秘められた物語は必読。その一つ一つのエピソードが人としての視野を広げてくれる。そう考えるのか! と。
目からウロコの連続です。

思うに、建築ならば人の導線や都市の歴史的背景まで考えてみたり、プロダクトならば道具を扱う時の人の動きを予測したり――それもデザイン。会社組織のような人やお金が集まる場所での、人やお金が合理的に動くシステムを作ることもデザイン。原料やコストとの兼ね合いを考えるといった、手筈を整えたり、大局的な見地を持つことすらもデザインなのですね。冒頭の話と重ね合わせると、これらは決して単なる制約や不自由なのではなく、むしろ創造が鍛えられる重要な要素だとわかります。

そしてそこを突き詰めていくと、デザインの中心には必ず 「人間」 がいる。

概して本書が強調することは、デザインの本質のそのまた本質は人間を知るということ。知るからこそ生活の盲点に目配り出来たり、行動の先読みが出来たりするのですね。人がお金を払ってまで使おうとすることも然り。
そうわかっていく中で出合った印象的なエピソードがありまして。それはアイスクリームスクープのデザインの際に気付いた人間の習性です。例えば想像してみて下さい。各ご家庭でそれを使ってアイスクリームをすくい取ったあとに人はどうするか。

ペロッと舐める――。コッソリと。
その行為を前提に、口元に安全なデザインをしてみる。思わず 「深いっ!」 と声に。

おわりに。

創造的思考の教科書と言えます。

よし! 人間を知ることが大事だというのはわかった。では、具体的に人間を知るために必要なことは何?
その答えとして、本書の最後ではコミュニケーションと行動の2つを重点的に取り上げていきます。人間を観察し、話を聞き、共感して、プロトタイプを作り、テストをしてフィードバックを得る。その行動の積み重ね。こうして言葉にするとアッサリしていますが、これは全てにおいて適用出来るのではないでしょうか。

いやはや、読んでいると不思議とワクワクさせてくれる本でした。
それは何故なのかと考えてみると、著者自身がクリエイティブになることに誇りを持っていて、クリエイターとして血が濃いからなのだろうと推測したりします。元気で前向きそのもの。その言葉がピッタリです。読んだ後は今すぐにでも何かにチャレンジしてみたくなるかもしれません。
また翻訳が上手いのかもしれませんが、自他ともに人間の弱さを認め、優しく話し掛けてくるような空気を全体的に醸し出しています。デザインにはそんな人間愛が必要なのでしょう。愛情豊かになる本と言っても過言ではありません。

【本書の関連記事】「クリエイティブ・マインドセット」からの文を慈しむ。(1)

著:デイヴィッド ケリー, 著:トム ケリー, 翻訳:千葉 敏生
¥1,881 (2023/05/01 01:15時点 | Amazon調べ)

今回登場したその他の参考書籍

著:泡坂 妻夫
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著:ロバート・マッキー, 翻訳:越前敏弥
¥2,519 (2023/05/01 01:28時点 | Amazon調べ)
著:カーマイン ガロ, 翻訳:土方 奈美
¥1,881 (2023/05/01 01:29時点 | Amazon調べ)
著:リチャード・P・ルメルト, 翻訳:村井 章子
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著:ひろゆき
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ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。