ブンジブ

文慈部:あなたをそこから自由にする名文たち

西洋の古典

あなたに書評の贈り物:「振り向けば、アリストテレス」 文慈部より。

哲学って、ホントはメチャクチャ面白い。

うわっ、このアリストテレスって面倒くさっ! でも、メチャ憎めない奴として描かれている。
あなたの身近に居たらどうでしょうか。少なくとも誰も傷付けていないし、怒らせてもいないので愛すべきキャラクターかもしれません。

「善き人とはなにか。それは心に徳を持ち、それに従って行動する人のことである。最も美しい形で愛し愛されたいのであれば、相手の徳を愛し、自分の徳を愛されるのでなければならない。では徳とは何か。それが、つねに理性ある者として正しく行動できるような人柄のことである」
「全然わかんない」
そう端的に切って捨てた迷子君は、先ほどから激辛麻婆豆腐を盛んに食べている。

「振り向けば、アリストテレス」 p26

本書の登場人物には本物の (?) アリストテレス。そしてその内容は、元来難解で面白くないとされる彼の哲学の本を、ストーリー仕立てによって噛み砕いて解説したものです。これが非常に面白くてわかりやすい。笑いすら出ます。
「万学の祖」 ――著者の高橋健太郎氏が言うには、アリストテレスは人類のあらゆる物事についての考え方を方向付けた思想界のビッグネームとされています。それ故に彼の著作ないし考察は、膨大な量と範囲に及ぶのですが、本書ではその中でも特に有名であるものをピックアップして解説しています。

話の展開のアイデアには思わず膝を打ちたくなるような巧さがあり退屈させません。ただの解説書ではないと感じさせます。
もしあなたが、彼の哲学に興味はあるけど難しそうで取っ付きにくいなと思っていましたら――私もそうでした――入門編としては完璧ではないでしょうか。本当にオススメで、助けにもなります。哲学の見方が変わると言っても過言ではありません。哲学そのものが、実は特別なものではなかったんだと。
ではもっと慈しんでレビューしていきましょう。

アリストテレスを中心としたユーモラスな群像劇。

もう少しどんな内容なのかのお話を。
ストーリーの設定は、アリストテレスが現代の日本で甦ったという奇想天外なもの。何故に? どうやって?

「今のところ私の推論の及ぶところではない。そもそも私は死んだはずであるのだが、突然見慣れぬ場所に立っていたのだ。きわめて不可思議な事態ではあるが、目の前に与えられた現実こそ第一の実体である。(中略)」
これだけを聞けば与太話である。しかし、実際に 「あれがアリストテレスだ。捕まえろ」 と叫ぶ人物たちまで現れてしまった。吾輩は質問する。
「あなたはアリストテレスなんですよね。なんで日本語の本が読めるんですか。というより、なんでそんなに流暢に日本語を話すんですか」
「それも推論の及ぶところではない。気が付いたらそうなっていたのだ」
「そうですか」 と吾輩は言うほかなかった。

「振り向けば、アリストテレス」 p35

えーい、突っ込むな! というところでしょうか。あくまでフィクションなんだ! と。
しかしながら単なるフィクションで終わらせないのが本書の巧い所。そこに関しては一番最後の締めで謎が解かれていくのですね。実はそれすらもアリストテレスの哲学の話題の中で重要なポイントになっていきます。よく考え付いたな、この発想・・・。ひとまずここでは読んでのお楽しみとしましょうか。

ピックアップされた彼の著作を各々テーマにした物語が展開されます。その内訳は 「二コマコス倫理学」 「弁論術」 「政治学」 「詩学」 「問題集」 「形而上学」 の6つ。6つの物語にはそれぞれに悩める主人公が存在し、アリストテレスが神出鬼没に現れ、彼 / 彼女らと絡んでいき、哲学を語っていくという構図です。

この6つの物語は完全独立というわけではなく、確かに主人公は見知らぬ者同士ではあるのですが、互いに進行するサイドストーリーの中で存在し、やがてアリストテレスを中心にして、ひょんなことから繋がっていくという人間模様なのです。
いわゆる群像劇で、この構成は霧が晴れていくような爽快感があります。ああ、ここでこの人と繋がるのか! と。よく練られて考えられているなと感じさせます。
哲学という堅い内容をここまでユーモラスで楽しく読めるようにしたマジックには敬服ですね。

また一番忘れてはいけない部分なのですが、一番は哲学を理解すること。本書を読んでから改めて他のものがわかりやすくなっている自らの進化に気付きます。加えて、既に哲学を相当学んだり、目を通したり、詳しい方はいるかと思いますが、そのような方が読んでも何事も無く楽しめるエンタメ性はあります。哲学は置いとくにしても、単純に話が面白い。一冊置いてガイドにしておくのもアリ。

このアリストテレスはどんな奴か。

さて、アリストテレスはどれだけ面倒臭いか。具体的な人物像を見てみましょう。
こちらもいろいろとツッコミ所が満載です。あまりのマイペースぶりと浮世離れした様が、読んでいるこちらもプッと吹き出す始末。例えばこんな感じです。

料理屋の支払いを古代の銀貨で平然としてしまう。いきなり政治家の事務所に押し掛けて弁明の方法にダメ出しの後、政治を語り出す。警察に捕まり脱走して追いかけられる。いつでもどこでも哲学を語り出し、大演説・・・。

大将が話を続ける。
「いやね。コイツ、ギリシャから来たらしいんですがね。なんか、そこの商店街の通りをフラフラしてやがったもんですから、雇ったんでさ」
ここで、アリストテレスというらしい男が振り向いた。おお。確かに外国人。ひげ面だ。
「フラフラしていたから雇った、というのは前提と結論がつながっていない虚偽の推論である」
「またワケの分からねえことを言いやがって、皿洗ってろ!」
大将に一括されるとアリストテレスは、
「ワケが分からないならば、ワケを理解するための探究がされなければならない」
と静かに言ってから、またむこうを向き、皿を洗いはじめた。

「振り向けば、アリストテレス」 p53

うん、面倒臭い。
というか、何で働いてんだよ!

浮世離れと言っても、それは当たり前と言えば当たり前で、それもそのはず。先述のように古代の人間のまま現代の異国に甦ったわけですから。
ただそうは言うものの、ある意味そういったアリストテレスのブレの無さは圧倒されもします。憧れもします。
特にその時代、哲学や教養はリベラルアーツと呼ばれ、市民が自由であるためのものとされてきました。それだけに自由でいいなあと思ってしまう自分もいます。

また面倒臭い長広舌にも、それを通して日常の私たちにとって使えるものへと変換してくれています。シチュエーションは世間でもよくありがちな話。学生が合コンでモテるためとか、作家が泣ける小説を書くにはどうするのかとか。
登場人物は皆、彼にハマっていく――。

何故に 「振り向けば、アリストテレス」?

そして疑問に思った方はいるでしょうか。「振り向けば、アリストテレス」 という一風変わったタイトルの意味を。

「なるほど。君は彼を愛しているわけか」
振り向くと、そこには例のアリストテレス氏がいた。相変わらず白い布の服を着用している。ここは出口も近いとはいえ大学構内である。我が大学の守衛環境は一体どうなっているのか。
「あ、アリストテレス」

「振り向けば、アリストテレス」 p24

「奇遇であるな。ノブよ」
振り向くと、そこにはアリストテレス。店では割烹着だったが、今は白のシャツと灰色のチノパンを穿いている。背もたれをぴょんと飛び越えると、隣に座った。
「なにやら悩んでいる様子であるが、どうしたのだ」
「あなたは元気そうですね、あんなに走り回って。何から逃げてたんですか?」
「奴らが何者であるかを判断するには、まだ材料が不足している」

「振り向けば、アリストテレス」 p60

確かにこのような感じでアリストテレスと出くわす描写が何度も登場します。予定調和のような感じで、来た来た、と。

「いまだ悲劇の制作について悩んでいるようであるな」振り向くと、アリストテレスがいた。「どうしてここに」「本気で何かを知りたいと考えれば、私に出会うのだ」

「振り向けば、アリストテレス」 p127

その時、急にナツメが顔をあげた。私の背後を見ている。振り向くと、そこにはアリストテレスがいた。一目で彼だと分かった。白いシャツに灰色のチノパンを穿いている。走り寄ったナツメが黙ってアリストテレスに抱きつく。来島や森、坂上も口々に歓迎や感謝を口にしていた。

「振り向けば、アリストテレス」 p215

これらの部分にてタイトルの伏線回収なのかなと思いきや、そうではありませんでした。
繰り返しになってしまうのですが、これもただこの描写からの引用で終わらせないのが本書の巧くてクオリティの高い所。最後の最後に大きなオチが待ち受けています。これはとても大事な部分になるのでこれ以上は言えません。本そのものにもカラクリがあることにも気付かされますし、物語自体もカラクリになっているとだけ伝えさせて下さい。そういった部分を見てもやはり全体的にクオリティの高さがうかがわれる書籍ですね。ほれぼれします。

本書 「振り向けば、アリストテレス」 に類似するオススメ書籍。

ここまで読んでおわかりのように、本書は哲学という、本来は理解しにくいとされるものをストーリー仕立てでわかりやすく解説しています。そんな本書と同様の書籍があり、是非オススメしたいのがこちらです。

正義の教室
こちらの本は過去の思想をやはりストーリー仕立ておよび群像劇にてわかりやすく書かれています。思想の中でも、ジェレミー・ベンサムをはじめとする往年の偉人が相対してきた 「正義」 という概念に真正面からぶつかっていますね。
教室と銘打っているからには学校での講義のシーンがメインです。人の数だけ正義があると実感し、究極の選択を迫られるようです。これもやはりガイドにしたい本。
またこの本にもラストに大きなオチがあるのですが、ちょっと呆気に取られてしまうもので、個人的にはあまり好きになれませんでしたが、こういった流れ、大きなオチは流行りなんですかね?

おわりに。

哲学を知りたい。少しでも。そんな気持ちはあるけれど、それはそう易々と理解に至ったり、核心を掴むことは出来ないもの。ハードルの高さは否めません。
これまでも私個人としては、原文にチャレンジして、なかなか理解に至らない己にイラつきながらも、これまでページを進めてきたようにも思います。それと並行して、真面目な入門書に手を伸ばしたりもしました。ここを読んでいるあなたも同じかもしれません。
その流れは恐らくこれからも変わらないのかもしれませんが、本書を読んだ後にはまた何度でも原文に挑戦してみたくもなります。なんかもう一度読めそうだ! と。そうやって何度も帰ってくる本で良いのではないでしょうか。
一つだけ注意点を言えば、当然ながらアリストテレスの哲学はもっと広いものなので、これ一冊で全てというわけではなく、あくまで哲学をありふれた日常のひとコマに置き換えてくれた良心的な入門編という形で受け止めたいです。
甘えてはいけないとは十分に承知ですが、このように触れやすい本が他にも出てくれることを祈ります。自身の中でビックリするくらいの覚醒が訪れそうなのです。

何だかんだでこのアリストテレスが身近にいたら、この登場人物たちと同じようにいろいろと質問してしまうだろうな。何でも答えてくれるから。そして学んでみたい。哲学を別にしても、心に突き刺さる言葉も多いのです。
哲学ってこんなにも面白いものだったんだなあ。読み終えての実感です。そんな面白さとともに、より良い使い方を授けてもらえた気がします。だから、哲学、もう少しだけ頑張ってみたい。
ありがとう、アリストテレス。

著:高橋 健太郎
¥1,760 (2023/06/02 23:48時点 | Amazon調べ)

今回登場したその他の参考書籍

著:飲茶
¥1,336 (2023/06/02 23:49時点 | Amazon調べ)

ブンジブがお役に立ちましたら
いいね !で入部を

ブンジブ主筆、そして編集長。知的好奇心は尽きず、月30冊の読書量をもっと増やしたいと願う毎日。